釈迦 悟り

悟りは体感という言葉が近い

 

悟りは体感をベースに作られているともいいます。

 

言葉や論理には限界があります。

 

瞑想は脳をフル回転させること。
つまりIQを徹底的に使った後に瞑想により、さらに抽象度を上げること。

 

このあたりは苫米地さんの釈迦のとらえ方をもっと詳しく

 

脳をフル回転させるためには
カラダも動かす必要があります。

 

気功では瞑想もすすめています。
動く功法=動功と
静かな功法=静功(瞑想)を同じくらいの時間することをおすすめしています。

 

愛は言葉では定義できません。
つまり言語化不能なのです。
脳で体感するしかないのです。

 

それが釈迦が悟った中身です。

 

スコトーマとは眼科の用語で盲点という意味ですが
自分が重要だと思っているものしかみえない。
知識がないものは重要度が低く、知らないものは見えない。
つまり、自分が重要と思ったものでないと認識できないのです。

 

自分が重要なものを選ぶこと。これが自我の定義です。

 

自我は自分を定義して欲しいのです。

 

自分にとって重要なものを上げて欲しいといわれたら
どんなものを連想しますか。

 

両親は誰で、どこに生まれて、学校はどこで、会社はどこにいって・・
これは自分とは関係がないことです。
これを自我といいます。

 

自分にとって重要なことを重要な順番に言う。
しかし、釈迦は自分のお母さんと
目の前に生えている草木もどちらが重要かわからない人なのです。

 

それは自我がないからです。
自我は重要なものを選ぶことです。

 

しかし、関係はむすばれていないので選べない。

 

釈迦に近づく修行をしなさい。
そしたら宇宙にいいことありますよ。
それが釈迦の時代でいう八正道です。

 

これは釈迦が悟った内容ではなく
説明原理であります。

 

コーチングとは自分の重要性、評価関数を自由自在に変える訓練です。

 

私たちは自分にとって重要なものしか見えません。
それの多くは過去の記憶です。

 

あるゴールを設定すると
それに関する重要性、評価関数が設定されます。

 

ゴールによって見えるものが違ってきます。

 

つまりゴールの設定によって自我がかわってきます。

 

言葉で表すと混乱しますが、
きちんと言葉の定義を理解してみると
ブッタの悟りがどんなものだったのか、
だんだん全体像が垣間見えてきます。